1. 往復2時間の欠点と、車内のハック
10数年前に実家の近くにマイホームを建て、週末になればすぐ近くの山や川で山菜採りや釣りを楽しむ。そんな田舎暮らしのベースには十分に満足しているし、今の生活自体は決して悪くないと思っている。
ただ、日常の中でどうしても拭えない唯一の欠点が、片道1時間の車通勤だ。自分でハンドルを握り、常に神経を使う往復2時間の運転は、どう考えてももったいない。だからこそ、私はこの時間を会社からも家族からも離れた完全なプライベート空間として徹底的にハックすることにした。
地域のラッシュによる無駄な渋滞を避けるためにフレックス勤務をフルに活用し、車内の静寂を確保する。行きは頭が冴えているのでお金や英語の勉強にあて、帰りは凝り固まった脳をほぐすように山菜や釣りの動画の音声を流す。今や車内は、誰にも邪魔されない自分だけの快適な書斎であり、週末の趣味へ向かうための最高の前夜祭の部屋でもある。
2. 工夫の限界と、限られた人生の時間
しかし、どれだけ車内の過ごし方を快適に工夫したところで、移動しているという本質的な事実が変わるわけではない。私がハンドルを握って道路の上にいる2時間の分だけ、物理的に家族と過ごす時間は減り、その裏でパートナーに育児の負担を多くかけているという現実は厳然として存在する。
子どもが日々成長していく貴重な一瞬に立ち会えないジレンマは、どんな有意義な音声学習でも埋めることはできない。何より、私自身の人生の残り時間だって無限にあるわけではないのだ。移動という制約のためだけに、自分の貴重なエネルギーと時間をこれ以上すり潰し続ける生活を、この先何十年も続けるつもりはあまりない。
だからこそ、どれほど今の車内が充実していようとも、「いつかは決断しなければならない時が来る」という覚悟を、毎日のハンドルを握りながら静かに深めている。
3. 5,000万円という区切り、自由への助走
私の中には、その決断を下すための一つの明確な区切りがある。それは、資産が5,000万円貯まった時だ。それだけの後ろ盾ができれば、人生の選択肢は一気に広がる。会社に対して「週休5日」という極端な働き方を強気に掛け合ってみてもいいし、もしそれが受け入れられないなら、自分の力だけでゆるやかに小商いをして稼ぐスモールビジネスにシフトしてもいい。
相場や会社の業績次第という不確定要素はあるものの、早ければあと3年ほどでその領域に到達しうるというリアルな射程圏内も見えてきた。そう捉え直すと、毎日の往復2時間は終わりなき苦痛のロードではなく、数年後の自由な未来へ向かって勢いよく飛び立つための、最後の意味ある助走期間なのだと思える。今日もフレックスで渋滞をやり過ごしながら、私は淡々と、しかし確実に次なる引き際を企てている。


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