子どもが中学生になり、先日、定期的な「おうちカット」をした。 我が家の散髪は、小さい頃からずーっと僕の役目だ。
ふと振り返ると、昔はよくお風呂場で立たせて、動かないように声をかけながらササッと切っていたものだが、もうそれもできなくなった。 なんと言っても、今はもう僕と同じくらいの背丈があるのだ。
気がつけば、母親の背丈はもうとっくに追い抜いてしまった。 リビングで妻と子どもが並んでいるのを見るたびに「大きくなったなぁ」とは思っていたけれど、いざ僕の前に座らせてハサミを構えると、その成長の勢いをさらに肌で感じる。
かつては見下ろしていた頭が、今や僕と同じ目線、同じ高さ。 腕を上げっぱなしでバリカンを動かすのは正直ちょっと肩や腰にくるけれど、それ以上に「あぁ、本当に大きくなったな」と、物理的な成長を一番近くで実感できる瞬間でもある。
お店に切りに行けば、中学生でも1回2,000円くらいはかかる。 2ヶ月に1回切るとしても、年間で約6回、12,000円の出費だ。 もし、この先高校を卒業するまでの数年間をこのまま「お父さんカット」で通すとしたら、トータルで7万〜10万円近くの節約になる計算だ。これは家計にとって、けっこうでかい。
我が家で大活躍している3,000円ほどのコードレスバリカンは、とっくの昔に元を取っている。 家計的には大助かりだし、こうして浮いたお金を、子どもの部活の道具や本など、別の形で還元してあげられるのも親としては嬉しいポイントだ。
でも、僕が子どもの髪を切り続ける理由は、実はそんな「節約」だけじゃない。
中学生くらいになると、男の子も女の子も、普段はなかなか親とじっくり話をしてくれなくなる。思春期だし、反抗期だし、自分の世界ができるのだからそれが普通だ。 けれど、髪を切る時間だけは、少し特別な空気が流れる。
子どもは僕の前に大人しく座り、僕に頭を預ける。 鏡越しにときどき目が合ったり、背中越しに「最近、学校どう?」「あそこ、もうちょっとすいてほしい」なんて、ポツリポツリとゆっくりコミュニケーションを取る。
お互いにスマホを置いて、急ぐこともなく、ただ髪型について、あるいは最近の日常について言葉を交わす、作戦会議のようなおうちカットの時間。 これこそが、僕にとって何物にも変えがたい「親子の時間」になっている。
ずっと切り続けているおかげで、僕のバリカンさばきも、息子の髪質のクセの掴み方も、我ながらちょっとした職人の域に達してきた気がする。
いつか「お父さん、もう友達も行ってるし、美容室に行くわ」と言い出す日が来るかもしれない。 それはそれで寂しくも、自立へと向かう嬉しい成長の節目だ。
でも、その「最後のカット」の日が来るまでは、この3,000円のバリカンを相棒にして、父親だけの特等席で、我が子の成長をじっくりと見守り続けようと思う。


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