春の味覚か、命か。クマのニュースを前に「山」を諦めた私の苦渋の決断

自然

心躍るはずの季節に、漂う緊張感

毎年この時期になると、私の心はソワソワと山へ向いてしまいます。 厳しい冬を耐え抜いた大地から、力強く芽吹く山菜たち。タラの芽、コシアブラ、ウド、ワラビ……。あの独特の苦みと爽やかな香りは、私にとって春そのものです。

しかし、2026年の今年は少し、いえ、かなり様子が違います。 テレビやネットを開けば「クマ目撃」「市街地に出没」といった物騒な見出しが連日踊っています。例年以上の緊張感に包まれる中、「山菜は食べたい、でも命は惜しい……」という、かつてない葛藤に悶々とする春となりました。

一度きりの収穫と、振り切った未練

実は一度だけ、仲間と一緒に大人数で山に入りました。 狙いは「山菜の王様・女王様」とも呼ばれるタラの芽とコシアブラ。 その日は大勢で賑やかに声を掛け合いながら歩いたおかげか、幸いにも何事もなく、春の恵みを手にすることができました。やはり、自分の手で収穫したばかりの山菜を天ぷらにして頬張る瞬間は、何物にも代えがたい至福のひとときです。

本来なら、この後に旬を迎えるウドやワラビを求めて、二の矢、三の矢と山へ向かいたいところ。あそこの斜面なら今頃ちょうどいいサイズだろうな……と、お気に入りのポイントが何度も頭をよぎります。けれど、結局のところ私は「今年はここでストップ」と、自分自身に強いブレーキをかけました。

笑えないほど身近に迫る影

そのブレーキをかけた判断を「大げさではなかった」と確信させるような話が、次々と身近なところから飛び込んできたからです。

私の知り合いの一人は、ついに山の中でクマと鉢合わせしてしまったそうです。 幸いにもクマの方が先にこちらに気づき、そのまま逃げ去ってくれたとのことですが、一歩間違えればニュースの当事者になっていたかもしれません。話を聞くだけで背筋が凍る思いでした。

さらに、私が行ったのと同じポイントを数日後に見に行った別の知人は、道端で真新しい「クマの糞」を発見し、即座にUターンして帰ってきたといいます。 「すぐそこに、確実にいる」という濃厚な気配。 趣味の楽しみが、一瞬にして生命の危機に直結する恐怖へと変わった現実を突きつけられました。

今年の「春」は、視点を変えて足元に

「自分だけは大丈夫」「今まで大丈夫だったから」という根拠のない自信が、最も取り返しのつかない事態を招く。 そう自分に言い聞かせて、今年の私の「山菜シーズン」は早々に幕を下ろすことに決めました。

でも、春の味覚を完全に諦めたわけではありません。 最近の私のフィールドは、深い山ではなく「開放感のある河原」です。 視界が開けていてクマの心配が少ない場所で、ヨモギやノビルといった野草を摘んで楽しんでいます。

カリッと揚げたヨモギの香りを楽しみながら、「来年は熊鈴を鳴らさなくても、安心して山を歩けるようになるといいな」と切に願うばかりです。 皆さんも、どうか無理な入山は控えて、安全第一で春の香りを味わってくださいね。

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